σ(^^)のパソコン遊びは大学4年の頃、ん年前ですね。昭和5X年とも言いますが(^_^;

このときはパソコンじゃなくてマイコンですね。友人が作り出しまして、σ(^^)も横で熱心に眺めていました。
スイッチがデーターバス用8個とアドレスバス用に16個。WE用のスイッチ。リセットスイッチ。
クロック供給のスイッチがついていたと思う(この部分は想像ですが)
それにLEDがやはり8個+16個付いていたと思います。

CPUは確かMC6809でスタティックRAMが1K(ビットですよビット!)ついていたか?、4kだったか?
それで、やりたいことをハンドアセンブル
(つまり、アセンブラを紙に書いて、対応するビットデーターを紙に書きマシン語に翻訳する)
して前述のスイッチでメモリに書きこみます。
そしてやおらクロックを供給して、リセットスイッチを開放?すれば、所期の動きをしてくれれば、結果がLEDに現れる。というものですね。とってもハードの勉強になります。今でもエンジニアを目指す人はこんなことやってるのかなぁ?

次が、会社へ入って触ったベーシックマスターレベル2という機械です。
これはもう、キーボードもついて、モノクロモニタがついて。BASICが動く立派なマシンでした。

会社へ入って実習で行った秋葉原ではベーシックマスターレベル3なるマシンを売っていましたが、
当然売れ筋はPC8801、MZ80(シャープ)でしたね。同じ売り場でコモドールだったと思ったけど
あちらのマシンを売っていて、ヘルパーのおじさんが「ビジカルク」(エクセルの大元の表計算)のみで、
すごく沢山売っていたのが印象的でした。

その後、このレベル3の後継機種の設計応援で工場でハードの設計のお手伝いをしに行きましたが、
そのまま、MB16000という日立初めての16ビット機のソフトのお手伝いやら、S1という幻の名機の
ハードの設計のお手伝いやらしていまいた。
S1ではゲートアレイ(と当時は言っていたASICの走りですね)の設計というとっても興味深いことも
やらしてもらいました。

話が、それたけど、初めて自分で買ったマシンはMB16000でした。ソフトがなく、ほとんど使えんかった(^_^;

次が、MSXのH2ってやつで、あの工藤夕貴がセーラー服で宣伝してたやつ・・(^_^;シランダロー!!
工藤夕貴に握手してもらって嬉しかった覚えがある(^^;
これは、解像度が低くて面白くなかった

その次は、仕事が離れたので長くご無沙汰していて、

もう5年以上前になるのかな?MACのパワーブック180Cという機械でした。
これはトラックボールが使いやすくて、毎日持ち歩いていました。おかげで腰を悪くしたけど・・・

その後ASTのバルク?品ではじめてDOS/Vに進出(^^;
その後、NiftyのつてでLibrettoを購入。 去年、自作のDOS/Vを作り現在に至っています。

そんないろいろは、自作PCの部屋で お届けしています。興味がありましたらどーぞ!